Himself He cooks
ぼうとしてるときによく見るドキュメンタリー映画がある。
それはベルギーのヴァレリー・ベルトとフィリップ・ウィチュスにより制作された「Himself He cooks」という、パンジャーブ州アムリトサルにあるスィク教の聖地、ハルマンディル・サーヒブ、通称ゴールデン・テンプル(黄金寺院)のグル・ダ・ランガル(無料食堂)に密着し撮影した65分の映画。
その内容は、ハルマンディル・サーヒブにて300人もの奉公者(ボランティア)たちによって毎日10万食提供されているという無料食堂の活動に密着したもので、人々の敬虔さをその営みのなかに感じるものとなっている。
特にBGMもナレーションもインタビューもなく、淡々と調理→食事→清掃と推移していくだけの映画。
世界で5番目に信徒が多い宗教であるスィク教は、その成立の背景としてヒンドゥー教のカースト制の批判という面が大きいらしい。
なので食堂では階級、性別を問わず全ての人が共に調理し、同じ鍋の料理を食べる。
邦題は「聖者たちの食卓」となっている。
でも別に聖者は出てこないし、出てくる人はみな食卓もない床で食べるという環境で食事しているので、この邦題は実態に即しているとは言えないと思う。
その無料食堂は冒頭のテロップに使用されているテクスト、スィク教の聖典「Guru Granth Sahib」からの引用「現世の無私の奉公(セーヴァー)が天国での栄光を約束する」という教えのもと成り立っている。
ちなみに「セーヴァー」という言葉は日本語の「世話」の語源らしい。
HIMSELF HE COOKS HIMSELF HE PLACES IT ON PLATTER & HIMSELF HE EATS TOO
「神は食事を作り 皿に盛る そして自らも食べる」
(ランガルの入り口に掲げられている文言)
奉公者はみな、敷物をされた床に座って野菜を短刀で切り、小麦を練る。
練り丸めた小麦を投げ渡し、受け取った人が棒で伸ばす。
やがてその生地は容量よく焼かれ、たくさんのチャパティーになる。
奉公者たちは巨大な鍋でカレーを炊き、たくさんの水を汲んでくる。
そして食堂に座り配されたステンレスの皿を前に待つたくさんの人たちに提供される料理。
差し出した両の手に渡されていくチャパティー。
みんなが生き生きとそれを食べる。
食器洗いや清掃は参加者も一緒に和気藹々と作業する。
その営み、表情、沈黙、手や所作、一切に神が宿っている。
老若男女問わず大勢で座って一緒に涙を流しながら玉ねぎを刻むカットなんかとても美しい、いつも見入ってしまう。
そのほかにも、
黄金寺院の人口池で沐浴し祈りを捧ぐ人。
人が3人は入りそうな巨大な鍋を撹拌する寡黙な奉公者たち。
カメラを見つめる豊かな髭を蓄えた厳格なたたずまいの男の潤んだ大きな瞳。
食堂ではしゃぐ女子や幼児たち。
などなど、どのカットも綺麗で、作為もほとんど感じられない素晴らしいドキュメンタリー。
みんなカメラに媚びたような態度や表情をほとんど見せないのが印象的。
映画の終わりに「導師たちが無料食堂(ランガル)を始めた600年前には、カースト、性別、宗教が違えば食事の場を共有することも、同じ鍋のものを食べることもありえなかった。」
というテロップが表示される。
ボーダレスで運用されるこの無料食堂の存在自体が、インドの宗教&社会改革の役割を成しているようだ。
明け方や夜中に静かだけどカオスでなんとなく気品漂うこの映画を見ていると「調和」を感じて心が洗われる。
特に広い調理場や食堂の音の空間的な拡がりがよく捉えられていてアンビエントを聴いているときのような気持ちよさがある。
無心でぼんやり見てられる素敵ドキュメンタリー映画の紹介でした。
プライムビデオで公開されてるからプライム会員の方は是非見てくだせえ。
↑スィク教のターバンは色とりどりでとてもおしゃれ。